”まちづくり” に思うこと

社員のつれづれ

こんにちは。北海道の牧場育ち女子、神宮司です。

最近、「地域をイノベートする」とか、「地域コーディネーター」という言葉をずいぶん耳にするようになりました。

”地元を元気にする”という地域活性の事業をやっていながら、どこかその言葉たちにピンときていなかった私。なんとなく自分のなかにあったその答えが、今日、より明確に感じたので記事にしてみようと思います!

山梨のぶどう農家、佐藤さん

今日、地元カンパニーを訪ねてきてくださったのは、山梨でぶどうを育てている「ぶどう房さとう」さんのご夫婦。おいしいぶどうをいただいたのですが、ぶどうの話はちょっと置いといて・・・(佐藤さん、ごめんなさい)。

佐藤さんが住んでいるところは山梨の勝沼にある深沢集落というところで、家は8戸しかなく、50歳くらいの佐藤さん夫婦が一番若いのだとか。

最近、そんな集落に来てもらう人を増やそうと、自宅の縁側を使って「縁側カフェ」を始めたそうです。これがまた、いい味をだしている・・・。近所の農家が交代でお茶と漬け物のセットをだしたり、ランチをやったり。

最初は「私の漬け物なんて」とおっしゃってた農家さんも、今では「お客さんがおいしいって言ってくれるなら、今年は多めに漬けようかしら」なんて言うほどになって、確実に地域活性の効果は現れていることを実感されていました。

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神宮司のルーツ

私自身のルーツをお話しますと、私は人口よりも牛の数のほうが多いという、北海道のど田舎育ちです。過疎化の波は容赦なく訪れ、今年に2月には母校の小中学校が閉校。世間一般にいう、イノベートしなきゃいけない地域なのかもしれません。

どうにかならないかなとは思いますが、「外から人がいっぱい来ればいいや」とか「おしゃれな店がいっぱいあったらいいのに」とかいうんじゃないんです。私が思い描く理想は、私の子供の頃に地域の人たちがしてくれたこと。

普段仕事で忙しいはずの両親や友達のお父さんやお母さんが、お祭りの準備をしている姿。

近所のお寺の住職がお寺で子供達だけのお泊まり会を開いてくれていたこと。

農作業が終わってから、真冬の深夜に校庭のスケートリンクにお父さんが交代交代で水を撒いてたこと。(私の地元では冬の間、校庭にスケートリンクが作られます)

授業の一環で、友達んちの牛の乳搾りをさせてもらったこと。

残念ながら、その光景は今ではほとんど見かけなくなってしまいました。今ではとてつもなく恋しく思うし、自分の子供もそんな環境で育てたいと思うんです。

納得したこと

今日の佐藤さんのお話を聞いていて思ったのは、地域活性はやっぱり、外の人じゃなくて、内の人ありきなんだということ。その地域の魅力は、自然や建物とかハードのものだけじゃなくて、住んできた人たちが自然に紡いできた歴史や雰囲気、コミュニティのほうがむしろ大きいのではないかと思うんです。

私が「地域イノベーター」や「地域コーディネーター」という言葉にピンときていなかったのは、そのせい。その言葉だけ聞いてしまうと、なんだか”外”の印象が強くなってしまって、昔から”内”からの地域活性を見ていた自分にしっくりこなかったんだな、と感じます。

以前ある人から、「まちはつくるものではない」と言われたことがあります。

それまでは、「私の地元をなんとかしなきゃ!」って思ってたけど、その言葉をもらってから、心が軽くなったというか、昔、大人達がしてくれたことを思い出して、それでいいんだ。って素直に思えたんです。

私の地元に「地域イノベーター」や「地域コーディネーター」が現れたとしたら、住んでいる人のコミュニティをちょっとだけ手助けする、そんな裏方役であってほしいなと思う今日このごろです。

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