僕が決めた時のこと

児玉

決めるのは、つらい。まさに、苦行。

自分がサラリーマンの時、24歳〜27歳ぐらいの時ですね、自分は将来何をやりたいんだろうか?と悩みながら生活してきました。

その時やっている営業の仕事は嫌いではなかったというか、好きだったので、自分なりに楽しくやってはいましたが、仕事を一息つくと、すごい勢いで襲ってくるわけです。「お前は将来何をやるんだ?」と言う悩みが。なので、夜や休日は、恐れおののきながらも、逃げてもどうやらずっと追いかけてくるようだし、向き合うしかないかと、カフェでコーヒー飲みながらその時の気持ちをノートに記したり、街を散歩したり、熊野古道を40km歩いたり、白神山地に一人旅に行ったり、とにかく所在ない感じで過ごしていました。特に本屋をぶらぶらする時間が長かった気がします。あれもこれもと全ての本を読みたくなるような心境になっていました。

とはいえ、いくら考えても堂々巡りの日々が続いていました。相変わらず本屋にはフラフラと寄り、目についた本を2、3冊買ったりして、「プロ論」とか「働くといくこと」とか読んだりました。プロ論を読んで、すげー人が世の中にはいるもんだーとか思いながら、それに比べてオレは何なんだろうなぁとか思いながら。そういえば、今でも覚えているのが、プロ論で堺屋太一さんの「好きな事は1人でやらないといけない、誰かと一緒にやってはいけない。その人といる事が好きなだけかもしれないから」みたいなコメントがあって、「やられた〜」なんて思いながら、また悩みが深くなったりしました。

本屋ではいいこともあって、一冊の本に出会いました。その本に答えが書いてあるわけでもないし、答えの決め方を書いてあるわけでもないですが、その時の自分の心境を見事に書いてくれてあり、こんな偉大な人でも悩むんだし、悩みの深さや質はこの人には遠く及ばないだろうが、きっと今は、自分の中では、なかなか難しい事に挑んでいるのかもなーって思えて、不思議と心が楽になったりました。

夏目漱石の「私の個人主義」という、学習院大学での講話です。興味があったら是非読んでみてください。解決はしないですが、心を安ずることができるかもしれません。そんな夏目漱石の本を読みながら、安らぎはすれど、あーでもない、こーでもないと悩む日々が続くわけです。

ただ、今思い出しても、何を考えていたかは、あまり思い出せないです。果たして自分は何に悩んでいたのか、、、うーむ。

そんな折、大学の先輩だったかと話していて、「それって、決まるもんじゃなくて決めるもんなんじゃない」と言われて、ハッとしまして、「そーだよなー」とか思いながら、しばらく経って、こうするかーって決めました。特に劇的な出来事があるわけではなく、今日ぐらいに決めようと思って決めました。家の近くのスタバで、ホットのラテを飲んでいる時だったような気がします。確か1月だったと思います。

これが僕のサラリーマンを辞める際の状況です。ほんと、普通の日に、決めるしかないよなって思って、1人寂しく決めました。決めたら、プロフェッショナル仕事の流儀のテーマソングが頭の中で鳴り響きました。決めた後も体力は使います。とは言え、まぁ、出口の見えない悩みの中にいるよりはよっぽど分かり易いです。

そこで決めた結果、あれから7年ぐらい経って、今、こうなっています。何だか、すごく多くの人に迷惑かけながら、支えてもらいながら生きています。迷惑をかけてしまった人には謝りはすれど、その迷惑はどうしようもないので、その分人の役に立つ事を少しでもしていくしかないなって思います。

決めるのに、やっぱりコツとか手法とかないです。

決める自分も、決めた後の自分も、その決断自体も、「それがオレなんだ」と思って、信じて決めるしかないです。

明日ぐらいに、家の周り散歩しながら決めちゃってください。

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